列車は明け方駅に着く 大連より十一話

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(第十一話)エリーゼのために


父(モノローグ)
あの大喧嘩のあと、私と娘は一緒にピアノのそばで、何年もの苦難に満ちた歳月を過ごした。そして、私は、娘を連れて、芸術の殿堂の扉を開こうと決心した。


「ミンミン、着いたよ。さあ、入ろう。」

「へい、へい、かってに入らないでください。ここは音楽大学ですよ。」

音楽大学ということは、分かっていますよ。」

「何のご用ですかね?」

「銭教授から来るように言われたのです。娘のピアノを聴いてもらう約束です。」

「お~ぅ、銭教授なら、3号棟です。前の花壇を通り抜けるとすぐそこですよ。」

「ありがとう。ミンミン、行こう。」


(・・・・・3号棟で。)

「銭先生!」

「いらっしゃい。さあ、早くお入りなさい。」

「先生、娘の杜敏です。」

「おじさま、こんにちは。」

「さあ、さあ、おかけなさい。杜敏さん、今日は何の曲を弾いてくれるつもりかね?」

エリーゼのためにです。」

「ああ、それはいい、さあ、この椅子に腰掛けなさい。・・よし、始めなさい。」

「ミンミン、あがっちゃだめだよ。」

(・・・・・ピアノの音。)

「・・・あぁ、悪いがそこでちょっと止めて。お嬢さん、とても器用に弾いているんだが、心がこもってないね、お嬢さんは、この作曲家のこの時の気持ちが分かりますか?」

「分かります。父さんが話してくれました。」

「おお、それはよかった。じゃあ、もう一度試してみよう。」

(再び・・・ピアノの音。)

「うむ・・・・だめ、だめ。やっぱり、味も素っ気もないね。」

「ミンミン、お前、どうしたんだ?」

「お嬢さん、ピアノを弾くのは好きかね? お父さんの話だと、毎日一生懸命練習しているそうだが、それは何の為だね?

「父さんは、私をとても可愛がっているの。私がピアノの練習をしないと、父さんはとても悲しむの。」

「うぅ・・・なるほど、そうだったのか。杜コーチ、あなたの直面する問題は、ピアノ以外の問題です。」

「何ですって?」

「あなたは娘さんがほかの人と同じように、独り立ちして、強い人間になるよう望んでいる。それは、間違っていません。しかし、この目標を実現する中で、あなたは逆に娘さんの独立心をおろそかにしています。」

「独立心?」

「そう、娘さんは全く受け身になっているのです。これでは、だめです。あなたの溢れんばかりの愛情に、娘さんは溺れてしまっているのです。」

「・・・意外です。娘がそんな考えでいるとは思いもよりませんでした。娘がピアノの前に座っているだけで、私は嬉しかったのです。娘がピアノの練習を続けていたのは、私のためだけだったのですか!」

「その通りです。」

「・・・では、娘は、このままでは、ものにならないという訳ですね。」

「率直に言うと、少なくとも今のところはその通りです。」

(第十二話に続く)